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Kyocera 270-AF

本ブログでは、どんな機体にも技術者やユーザの想いや思いがあるのであって、駄作機なんて、そうめったにあるものではない、というのを基本スタンスとしています。そんな中で、こいつだけは駄作と呼んでいいのではないか、と思える機体が今回の京セラ270-AFです。

270-AF_1.jpg

かなりレアな一品です。ネット上にも情報がほとんどありません。

1991年11月、定価56,000円。

先代の230/210/200に比べ、随分とごつくなりました。京セラの重い3倍ズーム(28-85、35-105)を装着した場合、絵的にはバランスいいのですが、ゴツさの割に軽いため、見た目ほどには安定しません。









時代を反映し、AFが動体予測に対応しました。しかし、230-AFより進化したのはこの点だけかもしれません。

270-AF_2.jpg

第1世代の面影をまったく残さないシルエットです。

270-AF_3.jpg

左手側軍艦部には、電源スイッチの他、DRIVE、MODE、Pと書かれた3つのボタンがあります。機能としては想像のとおり、
   DRIVE ・・・ 単写・連写・タイマー・ブラケット(たぶん)を切り替える。
   MODE ・・・ 露出制御モードを切り替える。
   P ・・・ 一発でプログラム露出へ
です。露出制御モードはPSAMのフルモードです。

DRIVEとMODEはレバーやダイヤルと併用するものではなく、押すたびにモードが変わるタイプのため、知らずに触れて、気づくとモードが変わってしまってたりします。ちょっとくぼんでたりして無意識に押してしまわないようになっていれば、必ずしも悪いものではないので、残念です。

270-AF_4.jpg

右手側は、もっと残念です。

まず、シャッターボタン手前のダイヤルに見えるものは、ダイヤルではありません。レバーです。絞り優先、シャッター速度優先の時にはそれぞれ絞り、シャッター速度をこのレバーで変更します。マニュアル露出の時には、通常状態でシャッター速度を、レンズ左手側のボタン(無表記)を押しながらで絞り値を、このレバーで変更します。最高シャッター速度は1/2000秒。

プログラムモードでこのレバーを動かすと、プログラム・シフトしてくれるのかと思いきや、液晶上のPROGRAM表示とファインダ内のP表示が点滅します。これは、『シフトできません』という通知なのでしょうか?

写真では文字が潰れていて恐縮ですが、"F.RANGE"と書かれたボタンはAFを遠景にあわせるか、近景にあわせるかを選択するもので、デフォルトでは両方となっています。これは、レンズの作動域を制限することにより、正確さ(中ヌケしたりしないように)と合焦速度を稼ぐためのものでしょうね。3メートルを境に遠景・近景としているようです。

その手前の+/-はもちろん露出補正のボタンですが、これもレバーと連動ではありません。な、なにを言っているんだ、と思われるかもしれませんが、一回押すごとに、
   +0.5、+1.0、+1.5、+2.0、-0.5、-1.0、-1.5、-2.0、±0(補正なし)
と変わります。-0.5に設定するために、5回、+/-ボタンを押す必要があるのです。電源Offでリセットされるので、+1.0から+0.5にするには電源を一回切ってから、もう一回押す方が速いでしょうね。もちろんファインダにはいくつシフトしたとか表示されません



ファインダ内表示は極めて貧弱です。プログラムモードのときにはPが表示されますが、その他のA・S・Mは、何も表示されません。あとは黄色い合焦マーカーと、赤い露出アンダーの警告マーカーだけです。絞り値、シャッター速度は表示されません。

右手親指の位置にあるのはAEロックで、押している間だけロックされます。

逆光補正を自動的にやってくれるらしいのですが、試したことがありませんので、どの程度の精度かはわかりません。



さて、何をもって私が本機のことを駄作機と呼びたいか、というところについて書きます。

冒頭にも書いたとおり、情報が少ない故の誤解もあるかもしれないことはお断りしておきます。気分を害される方もいるかもしれません。情報をお持ちの方はご教授いただければと存じます。

なにが気になっているかというと、本機のスタイルです。

αショックのインパクトが相当なものだっただけに、直後にα-7000をマネた、もといα-7000にインスパイアされた機体がでてくるのはしかたがないと思います。もともと、カメラマニア以外にはメーカーの区別がつくはずもない似た形状のカメラがラインナップされていたのが一眼レフでもあります。キヤノン以外の第1世代AF機には、『ソニーのファミコン』戦略とでも表現すればいいのか、消費者に『○○のα』という印象を与える意図がなかった、とだれが断言できるのか・・・。

『太陽系戦隊ガルダン』戦略、『モビルフォース ガンガル』戦略、と呼んでもよいでしょう。α-7000にはそれほどの存在感があったわけで、各社の必死さの現れでありましょう。

で、そのαショックが落ち着いて、あっというまに首位の座を奪い返したキヤノンの一人勝ち構造が見えてきたら・・・・・・今度は『京セラのEOS』戦略ですか!?

1991年といえば、αショックを理由にサルマネが許される時期は終わっていたでしょう・・・。

270-AF_5.jpg

左手側下部の切り欠きあたりが特にEOSっぽくて、イヤな印象を受けます。

270-AF_6.jpg

京セラ(というよりそこのエンジニアやデザイナ)の立場を想像してみれば、当時、京セラは光学事業から電話事業へ大きくリソース移動が行われており、十分な開発体力が捻出できなかった、というのはありそうです。

本機やそのシリーズを裏とすれば、そっちを表と呼んでもよいほどヒットした(らしい)レンズ固定型一眼レフ SUMRAIシリーズの開発や展開も既に完了しており、そもそも230後継機を開発する余裕などなかったのかもしれません。そんな中で、レンズラインナップには定評あるシリーズですので、AF機構だけでもアップデートしておきたい、という切実な想いで、デザイン等に気を配ることなどできなかった・・・・・・。

残念ながら、パチモンであるところを逆手にとった『コレジャナイロボ』戦略をとるためには、ファインダや操作系などもそれなりすぎました・・・・・・。

年表上ではメーカーをContaxとしていますが、AX(1996)、N1(2000)、NX(2001)は、別枠で考えてよいでしょうね。



最後になりましたが、電池室のフタは独特な形状です。が、決して使いやすくもないです。こんなところにオリジナリティはいらないですね・・・。

270-AF_7.jpg 270-AF_8.jpg

どうにも京セラはネガティブな書き方になっているような自覚があります。

手に入れられる情報(と使ってみた感じ)からそうなってしまうのですが、できれば『いやいやそうじゃないんだよ実はね』的な、打ち消すことができる情報をお持ちであれば、ご提供いただきたく存じます。

が、実際には表にはできないことであったり、いまさら思い出すのもイヤだよ、みたいなことが多いのかもしれませんね。
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テーマ : フィルムカメラ
ジャンル : 写真

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